1977パンクロック研究所

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zoom RSS ジョニー・サンダースはアメリカから送り込まれた?

<<   作成日時 : 2006/04/19 19:38   >>

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売れているみたいです。
パンクに関することが載ってるんで読んでみました。


●次の超大国は中国だとロックフェラーが決めた(上)(下)

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パンクについて書いてあるのはこの下巻のP120からの文章。

 さらなる例は、1970年代中頃から末期にかけて起こった、イギリスのパンクロック・ムーブメントである。当時、イギリス経済は最悪の状況にあり、多くの怒れるティーンエイジャーたちがパンクロックという新しい音楽に熱狂的に触発され、政治批判を行った。セックス・ピストルズ、クラッシュ、ジェネレーションX、スージー・シオ&バンシーズといったグループを通して、このムーブメントはイギリス社会のエリートたちの脅威となった。
 これを阻止するために、元ニューヨーク・ドールズのギタリストで、おそらくロック史上最も悪名高い麻薬常習者ジョニー・サンダース(彼はペラペラと真相を喋った)と、ナンシー・スパンゲンがイギリスに送り込まれた。ナンシー・スパンゲンはセックス・ピストルズのメンバー、シド・ヴィシャスの恋人だったが、のちに謎の刺殺体となって発見された。サンダースは、セックス・ピストルズを「死のドラッグ・ツアー」へと誘い、一方ナンシーは哀れなシドに目をつけ、ものにした。ジョニー・サンダースが鼻にかけて嘯いていたとおり、わずか数ヶ月のうちにイギリスのパンクロッカー1人残らず麻薬中毒になった。
ジョニーとナンシーはいずれも文無しだったが、ヘロインだけはいくらでも手に入れることが出来、会う人間全てに渡していた。2年もしないうちに、セックス・ピストルズは解散し、ナンシーとシドは死んだ。パンクロックは、より安全で、清潔で、革命よりも金儲けを目指すニューウェーブ・ミュージックへと姿を変えていった。



ちなみに→「スージー・シオ&バンシーズ」そのまま載せました。

麻薬は支配者達が邪魔者を黙らせるための道具として使われる。
だって。


ピストルズについて簡単な年表
76年1月:正式なデビューライブ
   2月:ステージに裸の女性を上げて演奏中止となる。
   7月:ロンドンではハンドレッドクラブ以外演奏させてもらえなくなる。
   8月:テレビで初めて「アナーキー・イン・ザ・UK」を演奏。
   9月:パンクロックフェスティバル「ダムド、クラッシュ、スティンキー・トイズ等」

この頃にはなんやら訳の分からないカルト的なムーブメントが起こってるんだなと、知られるようになります。
   
76年10月:EMIと契約。
   11月:「アナーキー・イン・ザ・UK」リリース。
   12月1日:テレビ番組で放送禁止用語連発。
この放送禁止用語連発事件「ビル・グランディ事件」により、マスコミから批判の嵐、結果一躍有名人に。お年寄りから子供までピストルズを知るようになります。
   
12月3日:アナーキー・ツアー「クラッシュ、ダムド、ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズとのパッケージツアー」




この年表だとピストルズ=悪というのが世間で知られた後にジョニー・サンダースがイギリスに来ています。確かに、セックス・ピストルズを死のドラッグ・ツアーへ・・となりますね。


彼はペラペラと真相を喋った
何を話したのでしょう?気になります・・・


みなさんどう思いますか?

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
おお!読まれたのですね!

凄いなあ。

わたしはこじつけのような気がしますが、「彼はペラペラと真相を喋った」という所がやはり気になります。もはやジョニーに真相を尋ねることはできないわけですが・・・。

ただ、「より安全で、清潔で、革命よりも金儲けを目指すニューウェーブ・ミュージック」というのは、ちょっと違うと思います。
カナ
2006/04/20 22:25
ピストルズが崩壊にいたる過程は「STILL A PUNK〜ジョンライドン自伝」にわりと詳細に書かれています。
それによると、シドが麻薬に溺れたのは常用者であった母親の影響だったとか。

ピストルズ解散後も、PILや、ポップグループ、クラスなど、とんがった音を追求するバンドが英国中に軒を連ね、パンクの精神は引き継がれていきました。

パンクの貢献は、政治性云々より、巨大化してしまったロックをもとの姿である、ストリート(ガレージ)に引きずりおろしたという点である。とこう思います。        以上。
t.s
2006/04/20 22:26
カナさんこんばんは。
サラサラ、30分位で読めましたよ・・・
嘘です(笑)
これ読むの、かなりの気力が要ります。
実はまだ全部読んでません。
途中であきちゃった(笑)
翻訳の文章って苦手です。訳分からない英語の組織や外人の名前がいっぱいで・・・
カナさんと一緒で最後のニューウェーブのとこなんか違うし、作者の主観な気がします。
ジョニーが何を喋ったのかしっかり書いて欲しかったです。
所長
2006/04/21 00:48
t.sさんこんばんは。
t.sさんの意見私も全く同じです。ピストルズの解散の件は自伝にしっかり書いてありますし、その後もとんがったバンドが多かったですよね。
そうですよ、政治批判云々よりも巨大化したロックをストリートに戻したのがパンクです。
特に初期のパンクは政治批判ではなくて日常の不平不満を歌っていたと思います。カワイイもんですよ、だから私は好きなんです。政治批判とかはその後のバンドだと思います。
でも、確かにあの若者達を熱狂的にさせた勢いは脅威だったとは思います。
所長
2006/04/21 01:05
おはようございます。所長さんにこの本の購入をススメてしてしまい,すみませんでした。アクセスされる事はないかと思いますが,一応,翻訳編集:副島氏他のHPはこちらです→http://soejima.to/
NAKA
2006/04/22 07:19
NAKAさんおはようございます。
そんな、謝らないでくださいよ・・
パンクの話のところは、こういう話もあるのかと考えさせられました。
NAKAさんが言ってたように、この本の内容が嘘だということは言い切れないし、確認のしようがない。ホントそう思いました。
所長
2006/04/23 10:59

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